中国:タリム盆地調査(2005年8月11日〜21日)

小方 登(京都大学 人間・環境学研究科)

このページでは,科研費プロジェクト「中国タリム盆地におけるシルクロード時代の遺跡の立地条件からみた類型化 ― 衛星写真CORONAの活用を通して ―」(代表:相馬秀廣・奈良女子大学教授)の一環として2005年8月に行われた,中国・新疆ウイグル自治区・タリム盆地周辺での調査について紹介します。この調査では,于志勇先生はじめ,新疆文物考古研究所の研究者の方々にお世話になりました。研究成果のうち且末(チェルチェン)に関する部分は,以下の論文で刊行されました。

この研究プロジェクトのリーダーだった相馬先生は2012年8月に逝去されました。ここに謹んでご冥福をお祈りします。


8月12日:ウルムチからコルラへ移動。

←焉耆(カラシャール)付近のオアシスで。ヒマワリの栽培。
焉耆からコルラへの峠道→

8月13日:タリム盆地東縁を横断して,コルラから若羌を経てミーラン(米蘭)へ移動。最初は小雨,行程の中程では砂嵐に遭遇。

←タリム川末端の水郷地帯。
当地に典型的なオアシス景観。蒲昌城付近→

 

←タリム川の末端付近の水たまり。
砂嵐の中,強風で胡楊の枝もしなう→

 

←対向車もヘッドライトを点灯。
路面を砂が舞う→

8月14日:ミーラン(米蘭)の遺跡を調査。

 
←タマリスク・コーン(紅柳包)。当地の典型的景観。
ミーラン遺跡の《M13》。望楼→

 

←ミーラン遺跡の《M14》。仏教の祠堂。
ミーラン遺跡の《M7》。仏教のストゥーパ→

 

←ミーラン遺跡の《M3》。仏教の祠堂。
ミーラン遺跡の《M4》。仏教の僧院→

 

←ミーラン遺跡の《M2》。仏教寺院。
ミーラン遺跡の《M1》要塞。夕景→

衛星画像やAW3D地形データを分析し,且末遺跡の水路網の跡について考察した。

←ミーラン遺跡のCORONA衛星写真。
衛星画像から復原したミーラン遺跡の古代の用水路網→

 

地形データAW3Dで示されるミーラン遺跡→

8月15日:ミーランの遺跡を調査の後,ミーランから若羌に移動。

←L字型に屈曲した末端水路跡。ミーラン遺跡。
幹線水路(右)と櫛の歯状に分岐する末端水路(左)。ミーラン遺跡→

 

←平行に走る末端水路跡に立ってもらった。ミーラン遺跡。
ミーランから若羌へ。道路は水流の跡を横断する→

8月16日:若羌(チャルクリク)周辺で調査。

←チャルクリク川の護岸(霞堤?)。
バシ=コユマール遺跡と川べりの段丘。遠景はアルティン山脈→

8月17日:チャルクリクから且末(チェルチェン)に移動。且末周辺のザグンルク古墓群や且末遺跡を調査。

 
←且末へ向かう途中の小さなオアシス。
増水のため,川岸がえぐられたチェルチェン川→

 

 
←且末郊外のトフラク庄園。
且末オアシス西南側に広がる且末遺跡→

 

←且末遺跡の景観。
且末遺跡にある古代の用水路跡→

 

 
←且末遺跡の「バンク」の上。
「タティ」の景観。且末遺跡→

帰国後,CORONA衛星写真やSRTM地形データを分析し,且末遺跡の水路網の跡について考察した。

←且末遺跡のCORONA衛星写真(1964/10/21)。
CORONA衛星写真から判読された且末遺跡の水路網跡→

 

SRTM地形データに表れた且末遺跡の水路網跡→

8月18日:且末から輪台に移動。タリム盆地・タクラマカン砂漠を横断。

←タクラマカン砂漠の砂丘。
タクラマカン砂漠を横断する沙漠公路→

 

←タリム川。
タリム川大橋近くの市場で食事→

8月19日:輪台からトルファンに移動。午後,交河故城を見学。

 
←交河故城。
交河故城。故城を囲繞する断崖→

 

←交河故城にある塔林のストゥーパ。
トルファンの夜市→

8月20日:高昌故城,火焔山を見学。ウルムチから北京へ。

←高昌故城。故城西南の仏寺。
高昌故城の外城北壁→

 

火焔山→

8月21日:北京発。帰途へ。

北京の故宮。北側の景山から→

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