中国・トルファン盆地調査(1998年9月)

小方 登(京都大学 人間・環境学研究科)

第4次三蔵法師の道調査団に参加したときの記録です(1998年9月23日〜9月28日)。629年,唐を密出国した玄奘は,数々の苦難の末に高昌国にたどり着き,国王の歓待を受けました。この後,高昌国王は玄奘の求法の旅を,資金面などで支援することになります。高昌国は現在の中国・新疆ウイグル自治区のトルファン盆地で,国都は現在のカラホージャにある高昌故城です。


9月23日:上海経由でウルムチへ。調査団本隊と合流。ウルムチ泊。


9月24日午前:ウルムチからトルファンへ。

高層ビルの建設が進むウルムチ市街。

9月24日午後:カレーズ葡萄園・交河故城見学。トルファン泊

交河故城のCORONA衛星写真。1966年9月29日撮影。

『漢書』西域伝第66下「車師前国は,王が交河城にみやこし,河川が分流して城下をめぐり,それゆえ交河となづけられた。」(小竹武夫訳,筑摩学芸文庫)

画面中央に白く弾頭状に見える部分が交河故城である。縦貫するようにメインストリートが通り,突き当たりには仏教寺院がある。両側は30mの断崖を天然の防壁とし,半島部の付け根は人工的な堀割で切断しているようである。

 

←遺跡中央に位置する「大仏寺」仏塔側面の仏龕。
交河故城「市街」の廃墟→

9月25日午前:高橋さん,後藤さんは高昌故城・交河故城空撮へ。残りのメンバーで勝金口寺院跡,ベゼクリク千仏洞見学。

トルファンからカラホージャへ向かう道。
後方は火焔山→

←勝金口石窟寺院
勝金口寺院遺跡→

←葡萄樹の文様
勝金口石窟寺院内部
樹木の図像→
マニ教に関連するらしい。

9月25日午後:高橋さんたちと合流してトルファンで昼食後,アスターナ古墳群,高昌故城を見学。トルファン泊。

高昌故城のCORONA衛星写真。1966年9月29日撮影。

『魏書』巻101高昌伝「高昌は,車師前王の故地にして,漢の前部の地なり。東西二千里,南北五百里,四面に大山多し‥‥地勢高敞にして人庶昌盛,よりて高昌と云う。または云う,その地漢時に高昌塁あり,故に以て国号となすと。」

高昌故城は,カラホージャのオアシス(扇状地)の中央に立地する。三重の城壁からなり,外城壁の外側には濠もあったようだ。東南隅の顕著な遺構は仏教寺院。外城壁のすぐ東側に,カレーズ(地下用水路)の縦坑が点々と見える。

 

←遺跡西南隅に位置する仏寺の仏塔。
高昌故城→

 

←カレーズ(地下用水路)保守用の縦坑。カラホージャ近郊にて。
ウイグル族の人々の舞踊→

9月26日:トルファンからウルムチへ。ウルムチのモスクやバザールなど見学。ウルムチ泊。

ウルムチのバザール。

9月27日:ウルムチから上海へ。上海博物館見学。上海泊。


9月28日:上海発。帰途へ。


Created by Noboru Ogata
Last Updated: 07/Nov/2007