インド・オリッサ州(1999年2月〜3月)

小方 登(京都大学 人間・環境学研究科)

第5次三蔵法師の道調査団に参加したときの記録です(1999年2月24日〜3月4日)。オリッサ州は,玄奘の『大唐西域記』では,烏荼(ウドラ)国,恭御陀(コーンゴーダ)国として記述されています。

第5次調査団のために,オリッサ州のCORONA衛星写真を探したのですが,あいにく雲の多いシーンしか入手できず,調査目的のウダヤギリなど仏教遺跡は写真上で確認することはできませんでした。旅行から帰った後,それらの写真を見ていて,雲の合間に,正方形の外郭と各辺に2つずつ城門を持ち,城門部分が突出しているため,ちょうど8つの角があるように見える不思議な形の都城を見つけました。外郭は二重で,都城中央南寄りにはモニュメントらしいものも見えます。場所はブバネーシュワルのすぐ近郊。衛星写真で見ることのできる地物としては傑作といえるでしょう。その後たまたま手にした樋口康隆著『シルクロード考古学第1巻 インド・中央アジア』(法蔵館)の口絵10で,「シシュパルガルヒ遺跡」だとわかりました。
 Lal (1958) の論文によれば,シシュパルガルヒの都城は紀元前3世紀にさかのぼると考えられ,アショーカ王の法勅にみえ,現在のオリッサ州を領有していたとされる「カリンガ国」の都であった可能性もあるとのことです。玄奘も,おそらくすでに廃墟になっていたこの都城を目にしたかもしれません。

  • B. B. Lal (1958) SISUPALGARH 1948, Ancient India: Bulletin of the Archaeological Survey of India, Vol. 5, pp.62-105.
 

2月24日:カルカッタ着。インド博物館見学。カルカッタ泊。

ガンダーラ様式の仏像。インド博物館にて。→
← インド博物館にて。

2月25日:ブバネーシュワルへ。ブバネーシュワル泊。


2月26日:ウダヤギリ仏教遺跡・ラングディヒル仏教遺跡調査。

← 石造の菩薩像。ウダヤギリ遺跡にて。
ウダヤギリ遺跡の中心となるストゥーパ。→

 

← ストゥーパ四面の龕に安置された仏像の一体。ウダヤギリ遺跡にて。
市場町チャンディコールにて昼食。→

 

← 発掘中の僧院跡。ラングディヒル遺跡にて。
田園風景。ラングディヒルにて。→

2月27日:ラトナギリ仏教遺跡・ラリタギリ仏教遺跡調査。ブバネーシュワル泊。

← 村の祠堂。ラトナギリにて。
上の写真にある村の祠堂では遺跡の仏像がヒンドゥー教の神様として祀られていた。→

 

← ラトナギリ遺跡。大小多数の奉献塔やそれらの土台が見える。
奉献塔。ラトナギリ遺跡にて。→

 

← ラリタギリ遺跡の僧院跡。
仏像。ラリタギリ遺跡にて。→

 

← 田園風景。ラリタギリにて。
夕暮れせまる町並み。→

2月28日:ブバネーシュワル市内ヒンドゥー教寺院・ダウリのアショーカ王碑文・プリーのジャガンナート寺院門前見学。コナーラク泊。

← ブバネーシュワルのムクテーシュワラ寺院。
ムクテーシュワラ寺院内部。→

 

← ムクテーシュワラ寺院前殿の天井。
ダウリのアショーカ王碑文。→
  「一切の人々はわが子である。あたかもわたしが,わが諸皇子のために彼らすべてが現世ならびに彼岸の利益・幸せを得ることを願うのと同じく,またすべての人々に対しても,わたしはこれを願う。」― ダウリ碑文より(『中村元選集第6巻 インド史 II』,春秋社)

 

← プリーのジャガンナート寺院門前。
プリーの街角。→

3月1日:コナーラクのスーリヤ(太陽神)寺院見学。カルカッタへ。カルカッタ泊。

← コナーラク近郊チャンドラバーガ海岸にて。夜明け。
ベンガル湾に昇る朝日に向かって沐浴する人々。チャンドラバーガ海岸にて。→
  「七頭の栗毛の駒は,汝を車に乗せて運ぶ,神スーリアよ,炎を髪となす汝を,遠く見はらかす神よ。」(辻直四郎訳『リグ・ヴェーダ讃歌』,岩波文庫)

 

← 朝日の中のスーリヤ寺院。
スーリヤ寺院基壇に描かれた車輪。→

3月2日:ホーリーの祝日に当たり,ホテルに缶詰。カルカッタ泊。


3月3日:カルカッタ発。帰途へ。



Last Updated: 06/Aug/2008